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東京高等裁判所 平成8年(ネ)5896号 判決 1997年5月20日

控訴人

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

鎌田寛

被控訴人

乙川二郎

右訴訟代理人弁護士

青木達典

主文

一  原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

二  右取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  申立て

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  事案の概要

1  本件は、暴力団関係者を装い債権の取立てを効果的にするという動機、目的の下に、医師である控訴人に依頼して左手小指の一部を切断する手術をしてもらった被控訴人が、控訴人の右行為は不法行為に当たるものであり、これにより、小指の切断手術費用、通院慰謝料、後遺症害による逸失利益及び慰謝料、弁護士費用等合計二〇〇〇万円に相当する損害を被ったと主張して、控訴人に対し、右二〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。

2  当事者双方の事実上及び法律上の主張は、原判決の事実摘示のとおりであり、証拠の関係は、原審記録中の証拠目録に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

三  当裁判所の判断

1  被控訴人が、平成六年三月二六日、医師である控訴人に依頼して、被控訴人の左手小指の一部を切断する手術をしてもらったこと(以下、原判決の用語例に倣い、この指の切断を「本件指つめ」又は「指つめ」という。)は、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実、成立に争いのない甲第五号証及び乙第四号証、原審における控訴人の供述により真正に成立したものと認められる乙第一号証、原審における控訴人及び被控訴人の各供述並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、建物の防水工事等を業としていた者であり、控訴人は、外科、内科、消化器科、小児科、整形外科、耳鼻咽喉科、皮膚科を診療科目とする西川口病院を経営する医師である。

(二)  被控訴人は、工事代金の回収に難渋したことから、その取立てには指つめをして暴力団関係者を装うのが効果的であると考えたが、自分で指つめをするほどの胆力がなかったので、医師にしてもらおうと思い、平成六年三月二六日、西川口病院に電話をして、指を切断してもらいたい旨を申し出た。

(三)  西川口病院においては、電話だけでは事情が分からなかったので、来院するように告げて、控訴人が同日午前一一時ころ来院した被控訴人から事情を聞いたところ、被控訴人は、暴力団関係から足を洗い更生するには指をつめて差し出さなければならないが自分ではすることができないと言って指つめを懇請した。控訴人は、その際は、もう一度よく考えてそれでもなおそうしなければならないのであれば、午後再度来院するように告げて帰ってもらった。

(四)  被控訴人は、同日午後、再び西川口病院を訪れて、控訴人に対し、先と同様の依頼をした。控訴人は、被控訴人とは一面識もなく、特別の利害関係もなかったが、被控訴人の言う事情があるのであればと思ってこれに応じることとし、被控訴人の左小指の爪の生え際付近から切断して、断端形成術をしてやり、被控訴人からこれらの費用として一〇万円を受領した。

3 ある行為の動機、目的、行為内容などが反道徳的な反社会性を有する場合において、その行為を依頼した者が、依頼された者に対し、依頼した行為をしたことが不法行為に当たると主張して損害賠償を請求することは、不法行為制度の趣旨、民法九〇条、七〇八条の規定の趣旨に照らし、その請求を認めないと著しく不公平となるなど特段の事情がある場合を除き、法の許容しないものであると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前認定の事実によれば、被控訴人は、暴力団関係者を装い債権の取立てを効果的にするという動機、目的の下に、控訴人に依頼して本件指つめの手術をさせ、その後控訴人の行為は不法行為に当たると主張して本件損害賠償請求に及んでいるものであって、被控訴人の動機、目的及び行為内容は、反道徳的な反社会性を有するものであるから、被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償請求は、右説示の特段の事情がある場合を除き、法の許容しないものというべきである。そして、前認定の事実によると、控訴人としては、被控訴人の指つめの手術の依頼を受けるべきではなく、控訴人の行為は責められるべきものであるが、そのことをもって右説示の特段の事情があるということはできないし、他にその事情があるといえるような事実についての主張立証はない。

4  そうすると、被控訴人の本訴請求は、理由がなく、棄却すべきであるから、これと結論を異にする原判決中の控訴人敗訴の部分を取り消してその部分に係る請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条及び八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清永利亮 裁判官小林亘 裁判官佐藤陽一)

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